シリアからの難民船、乗っているのは約1000人。内200人は子供だ。
満洲難民 三八度線に阻まれた命
1945年8月9日ソ連参戦。ソ連軍の侵攻から逃れるために、
満洲国首都・新京から朝鮮北部の郭山(かくさん)という
小さな町に疎開した1094名の日本人。
足りない食糧。厳しい冬。人々は飢えと寒さ、伝染病に苦しみ、
子どもたちは次々と命を落とす。
朝鮮北部を掌握したソ連軍は日本人の移動を禁止し、
本国・日本からも救いの手は差し伸べられない。
「このままでは死を待つだけ。なんとしても日本へ」
――ついに決死の脱出行が始まった。
本土終戦の日から始まった地獄のような難民生活。
なぜ彼らの存在は黙殺されてきたのか?
「戦後史の闇」に光を当てた凄絶なノンフィクション。
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